ビップとちょうちょう


依田 準一 作
堀 文子 画
福音館書店

 

☆3月のこの欄では、デック・ブルーナーさんの「うさこちゃん」の絵本を紹介しました。そしてその「うさこちゃん」を日本で出版させた福音館書店の松居 直さんの編集者としての直感や信念について敬意をこめて書きました。今月も「ビップとちょうちょう」という松居さんに関わる絵本を紹介したいと思います。

この絵本は「こどものとも」の創刊号という特別の意味があります。

福音館書店の「こどものとも」は1956年から毎月月刊誌として出版されています。今年の4月で733号になりますので61年という随分長い間、子どもたちに毎月絵本を送り続けていることになります。

その第一号がこの「ビップとちょうちょう」なのです。4月号として配本されました。

「こどものとも」の発刊のいきさつについては別の機会にさせていただくとして、編集を手掛けた松居さんは「こどもの思いや気持ちにあう、本格的な楽しい創作の物語り絵本」を目指し「文学性が高く、絵は美しく、すばらしいという美的体験をしてそれを通じて芸術を感じ取る豊かな目と感性を養ってほしい」という願いのなかで、この第一号が発行されました。

この「ビップとちょうちょう」はその松居さんの思いが結実した作品となりました。

ストーリーはビップぼうやがちょうちょうを夢中で捕獲するなかで、そのちいさい命と向かい合うという物語です。依田準一さんの物語と文は、今にしては少々難しいところまで立ち入っている児童文学的な深みがあります。ただ子どもが喜ぶというだけのものではなく、心の深いところまで描写されています。そしてとても詩的なリズムと世界を感じます。そして絵は、堀文子さんです。現在も90歳を越えて尚意欲的に創作活動をしておられる日本画壇でも著名な画家さんです。堀さんが30代の時にこの絵本を描きました。

表紙は黒を背景に使っています。とても子ども用とは思えない意表をつかれる絵です。

幻想的な詩情あふれる世界を美しい色彩、そしてリアルな動きと表情でより豊かな世界へと誘ってくれる表現です。時は春、舞い踊るちょうちょの動き、咲く花の彩り、川の水さえ歌っているよう。画面一杯に春が広がっています。

堀さんはその後も「こどものとも」に何冊か描いておられますが、芸術性の高い、決して子どもだましではない絵を描いています。

松居さんが理想とした絵本がこのような形で結実したということは編集のご苦労もしのばれますが、その後の「こどものとも」の原型ともいえるとても意味深いものだと思います。私も、この「ビップとちょうちょう」は特別の絵本として心に刻まれています。

60年以上の時を経て、その時代時代の子どもたちに美しい豊かな感性や芸術性を与えてきた月刊絵本の数々ですが、その歴史の中にはたくさんの編集者や芸術家たちの生き方や思いも共に込められていることを思い感慨を覚えます。

不思議にも毎年4月、「春」になるとこの「ビップとちょうちょう」の絵本が浮かんできます。

2020年05月27日