ぽとんぽとんはなんのおと


神沢利子 さく
平山英三 え 

福音館書店

 

ゆきが まいにち ふりました。

のはらに やまに ゆきが ふりつもりました。

ふゆごもりの あなのなか、くまのおかあさんは ふたごの ぼうやを うみました。

おっぱい のんでは くうくう ねむって、ぼうやは おおきくなりました。

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「かーん かーんっておとが するよ。

かーん かーんって なんの おと?」

すると、かあさんが こたえました。

「きこりが きを きる おとでしょう。

とおい もりから ひびいてくるの。

でも、だいじょうぶ。

きこりは ここまで こないから、

ぼうやは ゆっくり おやすみね」

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「ほっほー ほっほー おとがするよ。

ほっほー ほっほーって なんの おと?」

すると、かあさんが こたえました。

「ふくろうの こえでしょう。

くらい よるに、ふくろうは ねないで えさを さがしているの。

おうちに いたら、こわくはないの。

さあ、ふたりとも かあさんに だっこで、あさまで おやすみよ」

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「かあさん、なんだか しずかだね。

どうして しーんと しずかなの?」

すると、かあさんが こたえました。

「ゆきが ふっているのでしょう。

 いつも こんな しずかな ひには、ゆきが しんしん つもるのよ。

 まだ まだ はるは とおいから、ぼうやは ゆっくり おやすみよ。」

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「かあさん、 ちょっと きいてごらん。

つっびい つっぴい おとが するよ。

つっぴい つっぴいって なんの おと?」

すると、かあさんが こたえました。

「ことりの こえよ。

よい おてんきが うれしくて、

ひがらが うたっているのでしょう。

ぼうやも かあさんに だっこして、ふう ふう うたって おやすみよ」

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「どどー どどーって おとが するよ。

 どどー どどーって なんのおと?」

すると、かあさんが こたえました。

「なだれの おとよ。やまの ゆきが すべって、 たにへ おちる おとよ。

もうすぐ ゆきがとけだして、はるが くるのよ。

ぼうやたち、かあさんの ひざのやまから すべっておっこちて、

ゆきたまみたいに おあそびね」

ある ひ、ぼうやは たずねました。

「ぽとん ぽとんって おとがするよ。

ぽとん ぼとんって なんの おと?」

すると、かあさんが こたえました。

「あれは つららの とける おとよ。

ごらん、ぼうや、あなの いりぐちの つららが おひさまに とけて、

きら きら しずくを おとしているわ。

ぼとん ぽとんは その おとよ。

もう そこまで はるが きているのよ」

ある ひ、ぼうやは めを さまし、

はなを ひく ひく させました。

「かあさん、 はなが くすぐったいよ。

なんだか いい においだね」

すると、 かあさんが こたえました。

「はるかぜよ、ぼうや。あたたかな かぜが はなの においを はこんできたのよ。

そとは もう ゆきが とけはじめて、くさが めを だしているわ。

さぁ、ぼうや、そとへ つれていってあげましょう。

ようやく はるが きたのよ」



*「ぽとんぽとんはなんのおと」神沢利子さんの文があまりにも美しく、全文を掲載しました。

おかあさんぐまと、双子の生まれたばかりの子ぐまが、巣穴のなかで冬ごもりをしています。

外は雪が降り、そして積もって、巣穴を静かに包み込んでいます。

寒い冬、でも巣穴のなかは何てあたたかなんでしょう。

子ぐまは、おかあさんぐまの胸に抱かれてうっとりとおかあさんの歌う子守唄をききながらまどろみます。

そして、遠くに聞こえるかすかな物音にも耳をこらして、外の世界を知りたがるのです。

外に聞こえるさまざまな音、おかあさんぐまはひとつひとつに応えます。

そして、この巣穴で自分がしっかりあなたたちを守っているから何があっても大丈夫なのよ、と繰り返します。子ぐまは安心し満足しながら外の世界に思いをふくらませていくのです。

外では寒い冬が終わり、だんだん春の息吹が近づいて巣穴までその気配が届きます。

つららが暖かい春の日差しにとけてぽとんぽとんと音をたて、春風にのって花のにおいが運ばれてくると、おかあさんぐまは「その時」をきちんと分かっていて、子ぐまを外の世界に連れ出すのです。

この絵本は親と子の抒情詩のようなやさしいまなざしを感じさせてくれます。

そして、人が生きるために何が大切なのかを伝えてくれます。

ことばの美しさを際立たせるような控えめな、しかしどっしりとした安定感,存在感のある絵も素晴らしいと思います。


この3月、わたしたちは子どもたちの巣立ちの時を迎えます。

この時を待っていましたといわんばかりに、卒園する年長の子どもたち、進級する年中・年少の子どもたち、みんな今まで生活してきたあたたかい巣穴から外に向かって大きく自分の世界を広げようと飛び出します。

今まで、その巣穴で子どもたちと共に生活してきた私は、

子どもたちをにたくさんの意味のあることばを語ってやっただろうか。

両腕で子どもたちを抱きかかえて、不安や怖さを包み込んできただろうか。

外の世界の素晴らしさ、生きていく術をその時々に伝えてきただろうか。

「その時」が来るのを子どもと一緒に待ちつづけ、そして子どもの巣立ちの時を「この時」とわきまえて、背中を押し出してやれただろうか。

などとさまざまな思いが交錯するなかでこの絵本を何度も読み返しているうちに、このあたたかい大きなおかあさんぐまのことばとまなざしに、自分自身がもう一度再生していく力を与えられたような思いになりました。

人はいくつになっても、心と体を包み込んでくれるおかあさんぐまの存在がなくては外に出ていくことができないのだなと感じさせられています。

2020年11月12日