なつのあさ


谷内こうた 文・画

至光社

 

夏の朝、ぼくは自転車に乗って走る。

/ なつのあさはみんなしろい
くさもみちも まだ ねむそう
   いそげ  いそげ
         まにあったかな
きこえる きこえる     いつものあのおと
       だっだ しゅしゅ   678910
だっだ しゅしゅ    だっだ しゅしゅ
   みみの なかに おとがある
とおくの まちも きしゃになる
    かあさん ただいま 
        ぼく くれよんで きしゃをかくの
あしたも きしゃを みにいくよ
  その よるは きっと きしゃの ゆめです /


30年も前、この絵本を最初に見た時、本当に自分の子どものころに感じた夏の朝の空気のにおいがプーンとよみがえってきたのを覚えています。

開放感に満ちた夏の日の朝の、まだ誰も起きていないだろう時間、これから暑い一日が始まるその前。
露を含んだひんやりとした空気のなかに草いきれのにおいがしてきます。
これから照らす強烈な日の光を暗示させるようにすべてが明るく輝いて光って見えます。
そんななかを小さな男の子が自転車を走らせて丘に登っていく。
間に合った。汽車が近づいて来る。静かな夏の朝、汽車が音をたてて走ってきます。
そして、汽車との遭遇を果たした子どもの胸には、その音が耳のなかにいつまでも記憶され甦り心のなかがそのことだけで充満します。

読んでいるとそんな子どものドキドキするような心の鼓動が聞こえてくるように感じます。
この絵本を描いた谷内こうたさんという作家は画家ですが、これほど絵とことばをフィットさせ、そこから醸し出される雰囲気を表現できるということは並ではないと感心させられます。
少ないことばから余韻が広がり、夏の白い朝を絵で表現することができる、それを読み手に届けることができるということはすごいことです。
谷内さんの創る絵本はみんなそのような雰囲気をもっていて、現実の事象をそのまま描くということでなく、そのもうひとつ奥にある夢かうつつかという境界を行ったり来たりしているような、そう、遠い追憶の世界、心象風景を描いているような気がします。
そんなうすいフィルターが一枚かかっているような表現を通して、作者の心情がより鮮明に、こちらに伝わってくるように思います。
「なつのあさ」、大人ももう一度その夏の感覚を思い出すために読んでみて欲しいと思います。

また、先日も夏の雰囲気をそのまま伝えてくる絵本に出会いました。
片山 健さんの新作、こどものとも8月号の「しずかなまひる」です。
これは夏の昼のけだるさが見事に描かれていて、汗で髪の毛が額にはりつくような暑さのなかでみんなぐったりという感覚、そんななかでまぶたが自然にくっついていくような睡魔を実際に自分の体で共感し、読んでいて私も眠たくなってきてしまいました。
画家というのは、このように見えるものを通して見えないものまでを伝えることができるという才能をもっているのだなぁとうらやましく感じました。
夏の感覚、体と心で覚えているその感覚、そのままの絵本たちです。

2020年11月24日