しろいうさぎとくろいうさぎ

ガース・ウイリアムズ ぶん、え/まつおかきょうこ やく
福音館書店
しろいうさぎとくろいうさぎ、二匹の小さなうさぎが、広い森のなかにすんでいました。
二匹は一日中いつも一緒に遊びました。
うまとび、かくれんぼ、どんぐりさがし、それにくろいちごのしげみの周りでぐるぐるかけっこもしました。のどがかわくと、泉までぴょんぴょんかけおりていってきれいな冷たい水を飲みました。
でも、この頃、楽しい時なのに、くろいうさぎは急にすわりこんで悲しい顔になるのです。
しろいうさぎが心配して「どうしたの?」ときくと、くろいうさぎは決まって「うん、ぼく、ちょっと考えてたんだ。」と応えるのです。
二匹はそのあとも,ひなぎく跳びをしました。クローバーくぐりもしました。
そして、おなかがすいたのでたんぽぽをたくさん食べました。
しばらくするとしろいうさぎは、また、悲しそうな顔をして座り込んでしまいました。
「さっきから何をそんなに考えているの?」としろいうさぎがきくと、「ぼく、願いごとをしているんだよ。」といいました。
「願いごとって?」
「いつも いつも、いつまでも、きみと一緒にいられますようにってさ」くろいうさぎはこたえました。
しろいうさぎは目をまんまるくしてじっと考えました。そして、
「ねえ、そのこと、もっと一生懸命願ってごらんなさいよ。」といいました。
くろいうさぎも、目をまんまるくして、一生懸命考えました。
そして、心をこめていいました。
「これからさき、いつも君といっしょにいられますように!」
二匹のうさぎはたんぽぽの花をつんで耳にさし、結婚式をしました。
森のちいさなうさぎたちやほかの動物たちがお祝いにやってきて、2匹のうさぎをかこみ、明るい月の光のなかで一晩中輪になってダンスをしました。
❋この絵本は1965年に初刷りが出されてから今日に至るまで、何回も刷りを重ね、世代を問わずたくさんの方達に読まれている絵本です。
ガース・ウイリアムズさんの柔らか味のあるうさぎや動物たちの写実的描写と、内面の心の動きを見事に描いている絵のかわいらしさ、美しさ。
また、その森やうさぎの動きが紙面の制約をなくして永遠にイメージが広がっていくような表現力の素晴らしさ。
そして、簡潔な繰り返しのことばは訳者の感性と情感豊かな表現力によって実に臨場感に富んだ世界を創り出しています。
また、この二匹の仲良しのうさぎがやがて結婚をするという、とてもロマンチックなストーリーも、たくさんの読者の支持を受けている要因でしょう。
しかし、私は、もうひとつのメッセージを読み取るのです。
1965年にこの絵本が福音館書店で出版された頃、世の中は学生運動・社会運動の真っ只中でした。
すべての既成のものに対する問い直しや、それらを崩壊して新しい概念を創りだそうとするエネルギーがあらゆるところで噴出しているような時代でありました。
どんな立場の人も「お前はどうなんだ」と突きつけられるような風潮の中、若い人たちは生きる意味を運動に見出して熱中していました。
そんな「これから新宿のデモに行く」という人が、その小脇に抱えていたのがこの「しろいうさぎとくろいうさぎ」でした。
過激な闘争のなかでは、逆にこんなに心が癒される絵本を愛読するのかとも受け留められたかもしれませんが、実はこの絵本は、人種差別をなくそうという作者の思い入れを描いた絵本であり、その意味で社会改革を目指す人々にとってはテキストのようなものであったのです。
現在の世の中は、あちこちでテロや内戦が続き、人々が暴力と差別と恐怖のなかであえいでいます。
そんな世界をどうしたら救えるのか。
この絵本の中で、しろいうさぎとずっと一緒にいたいという願いをずっともっていたくろいうさぎに対して、「ねえ、そのこと、もっと一生懸命ねがってごらんなさいよ」としろいうさぎがいいます。
この、自分の正直な願い、平和が欲しい、人を愛したい、一緒に共感したいというような思いをずっと持ち続けること、それが成就するように願い続けることが私たちにできる平和への歩みなのだよというふうにメッセージとしてきこえてきます。
敗戦後60年の今年、だんだん実際にあった戦争は風化され、歴史の中の出来事のようになっていってしまうという危機感はありますが、ただ戦争をしないことだけが平和ではなく、日々の生活のなかで互いの存在をうれしく受け入れていくという極めて原初的な平和社会が今、存在しているのかを今一度立ち止まって現実と向かい合い、本当の平和を創り出すために、ごく身近なところから願いをもち続け、やがてそれが大きな輪となっていかれるようにしたいと思うのです。