ボルカ


ジョン・バーニンガム 作
きじま はじめ 訳
ほるぷ出版

 

ガチョウのポッテリピョン夫婦に6羽のひなが生まれました。その中に他のひなとちょっと違うメスの1羽がいました。名前はボルカ。ボルカは、くちばしも、つばさも、水掻きのついた足も他の兄弟と同じにもっていましたが、たったひとつ、羽がまるではえていなかったのです。ポッテリピョンの夫婦は心配して、お母さんはボルカのために灰色の毛糸で羽を編んであげました。でもボルカは他の兄弟のように飛ぶことも泳ぐこともできません。夏が過ぎ、ある日、ガチョウたちはもっと暖かい所を目指して飛び立ちました。けれどボルカは飛べません。みんなはボルカがいないことなど気にかけません。独りぼっちになったボルカは雨をさけて入り江に泊まっている船に忍び込もみました。船にはファウラーという名前の犬とマッカリスター船長、フレッドがいて、ボルカを仲間にしてくれました。そして一緒に楽しく旅をしました。そしてロンドンに着くとマッカリスター船長はボルカをたくさんのガチョウがいるキュー植物園に連れて行ってくれたのです。キュー植物園では誰もボルカに羽がないことなんか気にしません。中でも特にフェルディナンドという仲良しができ、彼はボルカが泳げるように教えてくれました。ボルカはキュー植物園で幸せに暮らしています。

 

☆ジョン・バーニンガムが27歳で初めて書いた絵本です。この絵本は高い評価を受けて、その後の作家活動につながっていきました。

一連のジョン・バーニンガムの絵本の底流に流れている「受容」と「個性の尊重」が出発点であるこの「ボルカ」から一貫して描かれているように思います。

同族的な閉鎖社会のなかでは仲間外れになってしまっていたボルカが外の世界でさまざまな人や出来事に出会い、多様な個性を合わせ持つ集団の中に柔軟に受け入れられていくという、最後はホッとするような話の展開です。

けれども、私は最初の部分が重く暗くのしかかってくるのです。

1羽だけ羽のない、仲間の中では特殊なボルカが、仲間たちに疎外されている時、「ボルカがいっしょにいないなんて、だれも、きにしませんでした。」「ポッテリピョンの夫婦は忙しすぎて、なにも知りませんでした。」。また、あたたかい所を目指してみんなが飛び立つ時、ボルカがひとりで残ってしまう部分でも「ボルカがいっしょじゃないなんて、だれも、きがつきませんでした。とおくまでの旅行のことをかんがえるだけで、みんなせいいっぱいでした。」といっています。

人が自分の存在をだれからも忘れられていると感じることほど残酷で悲しいことはありません。アメリカ映画に「ホームアローン」というシリーズの人気映画がありました。家族親戚で旅行にでかける時、子どものケビンは忙しさに紛れて置いてきぼりにされ、その後さまざまなスリルのある冒険をするというストーリーですが、両親はケビンがいないことに気が付くと、必死の思いで彼のもとに帰ってきます。

このお話もせめてそんな展開だといいんですが、ボルカのもとにはだれ一人帰って来てはくれません。そしてだれも「自分のことで精一杯で」、いないことすら「気が付かない」のです。これは怖いことです。私もだれかが仲間外れになって独りぼっちでいても、またいなくなっても「きがつかない」ような部分があるのではないか、あったのではないかと思うと気が重くなります。

しかし、そんなボルカは幸いにも、別の世界の人たちと出会い、幸せを手にしました。

例え、ボルカに羽がなくてもそんなことは全く気にせずに仲間として一緒に生活する人たちとの出会いによって心が開かれ、また互いに違いがあっても受け入れ合える多様な個性集団の中で、ボルカは自分を取り戻します。これは希望です。

私は保育者として、子どもたちと一緒に生活する者として、個性のある一人ひとりの子どもたちの存在をいつも「気づいていたい」と自戒します。「受容」したいと思います。

そしていないことに気づいたら必死で見つけにいく者でありたいと思います。

2020年06月17日