ももたろう


松居 直 文 ・赤羽 末吉 画
福音館書店

 

桃から生まれたももたろう。

育てられぐんぐん大きく逞しくなりました。

悪い鬼がいると聞き、おばあさんに作ってもらった日本一のきびだんごを腰につけて鬼が島に鬼退治にでかけます。

歩いていくと、犬・サル・キジに会いました。

ひとつずつきびだんごをやって、家来にしました。

ももたろうと犬とサルとキジは鬼が島めざし、山越え、谷越え、海を渡っていきました。

鬼が島に着くと、犬がドンドンと門をたたき、サルが塀をよじのぼって門を明け、キジが空から攻めかかり、ももたろうは鬼の大将をやっつけました。

そしてさらわれていたお姫様を助けだし、おじいさんおばあさんのもとに帰ります。

それからお姫様をお嫁にもらっておじいさんおばあさんといつまでも幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。

 

☆このお話は昔から語り伝えられてきた、誰でも知っているお話ですのであらすじを書くのも斟酌してしまいがちです。

私も幼い時、父からよくきいたものでした。

「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へしばかりに」と始まると、「おばあさんは川にせんたくに、でしょ。」と遮って自分が話し始めたくらいでした。(時々、「おっと今日はちょっと違うぞ」といって父はいいかげんな作り話に展開してくれたのですが。)

そのくらい何度も聞いて覚えてしまう程親しんだ「ももたろう」の話ですが、ところがこんな昔話をみんな知っているだろうと思っているのは昔人間で、今、そんな話なんてきいたこともないという子どもたちが結構いるのです。

昔話は、長い間人の口から口へと語り伝えられてきたので、内容や構成が地方や時代によってかなり違っているのですが、しかしだからこそ余分なものは削ぎ落とされシンプルな筋立てと語りやすいことばのリズムがあるのが共通した特徴だと思います。

勧善懲悪あり、妖気漂う不気味な話あり、この世のものとも思われない不思議な話あり、子どもたちは父や母、祖母や祖父の口から出る物語の一言一句に聞き入ったことと思います。毎晩同じ話を同じ調子で語られても、ことばの紡ぐ世界に思いを馳せ想像を膨らませて、そのうちすっかり諳じてしまい、自分の体の一部分のようになってしまったことでしょう。

そんな語りの世界が文字を通して共通の文章になり本として身近かに読めるようになりました。話も整合性のあるものになりました。でもそのなかで語りの世界から失われてしまったものもあるように感じます。

この絵本は、そんな語りの世界をできるだけ失わないように、松居さんのことばのリズムや赤羽さんのすばらしい日本画で子どもたちの想像の世界をぐんぐん広げ、魅了していきます。

このお二人のコンビの絵本はどれをとっても秀逸本として、「さすが」と感服してしまいます。「本物」という感じです。

先日、歌舞伎の演目に「ももたろう」が取り上げられたという記事を読みました。若い人たちにも歌舞伎に親しんでもらいたいということで、昔話を題材に演出をしたということ。「ももたろう」では退治された鬼が主人公の話になっているということで、おもしろそうと興味をもちました。

日本人の感覚の一番深いところにある素朴な昔話は、きく者たちにはるかな所でなつかしさを感じさせます。奇想天外の世界を縦横無尽に旅した最後には「めでたし めでたし」ですべてのことがうまくいった、うまくいくぞ、という安心感・安定感と共に落ち着きます。ぜひお正月、お子さんに「ももたろう」をゆったりと読んであげてください。できればひざの中に入れたり、おふとんに一緒に横になりながら語ってあげて欲しいと思います。

2020年06月19日