オオカミクン


グレゴワール ソロタレフ 作
堀内もみこ 訳

ポプラ社

 

あるところに、おおかみをいちども見たことのないうさぎと、うさぎをいちども見たことのない小さなおおかみがいました。

うさぎの名前はトム。うさぎはまだ名前のないおおかみに「オオカミクン」という名前をつけ、ふたりは大の仲良しになって、いろいろなことを教え合います。

ところが「おおかみがこわいごっこ」をしていた時、トムは本当にオオカミクンがあまりにもこわかったので自分の穴に逃げ込み、どんなにオオカミクンが「絶対にトムを食べたりしないよ。たった一人の大好きな友達だもの」といっても泣きながら穴にとじこもって出て来ませんでした。

いくら待ってもトムが出て来てくれないのでオオカミクンは他の友達を探しに旅に出ました。

オオカミ山に着いたオオカミクンは、うさぎと間違えられてオオカミたちに追いかけられます。その時、初めて「おおかみがこわい」という気持ちがオオカミクンには分かったのです。

トムの所に戻ったオオカミクンは「君の気持ちが分かったよ。もう二度とこわい思いをさせないから穴から出て来て」と声をかけます。「僕と同じくらいこわい目にあったのなら、二度と僕を怖がらせたりしないはずだ」とトム。二人は駆け寄って抱き合うのでした。

 

☆本棚にたくさんの本が並んでいても、ふっと手に取って中を覗きたくなるような絵本です。この絵本は今から25年程前にフランスで出版され、日本には1991年に紹介されたものです。作家のソロタレフの余白を生かしたシンプルでダイナミックな画風と色彩は印象的です。そしてシンプルでダイナミックでありながら、登場人物の豊かな表情を見ているだけでことがらと心の動きを理解し感情移入をしていくことができる繊細な表現力も見事だと思います。作者の並々ならぬ力量を感じさせます。

展開するお話は、「おおかみ」と「うさぎ」といういつもだったら天敵ともいえる二人の物語りです。この主人公たちは、互いに全く先入観なしに出会い、気に入って大の仲良しになります。ここで私はひっかかるのです。天敵と言われているものは、いつから天敵になるんだろうと。本能とか、DNAとか、代々の学習とか、いろいろあるでしょうが、このオオカミクンは自分がおおかみであるという学習をする前にうさぎに出会い、真っ新の状態で向き合います。トムも同様です。その時に一番大切なのは、互いの存在の有り様だけでした。途中で自己認識し始めた二人の友情が危機を迎えますが、それを乗り越えさせたのは、相手の思いを心から理解し受け入れ、信じることでした。

このことは、私たちが他の人と共に生きようとした時、一番のベースになることなのではないでしょうか。個人と個人はもちろんですが、民族と民族、国と国など、小さいところから大きいものまで、みんな同じように感じます。

今、世界は分裂や闘争の嵐が渦巻いていますが、みんなが素の状態で向かい合い、さまざまな課題も相手を理解し、思いを受け入れて、信じ合うことからしか平和にはならないように思います。

この絵本のいわんとしているところは深遠で、もっともっといろいろな示唆があるようにも思いますが、オオカミクンとトムがまた仲良く楽しく暮らせるようになったことを喜び、幸せな思いでこの絵本を閉じてくれたらうれしいと思います。

2020年07月10日