ノウサギとハリネズミ

W・デ・ラ・メア 再話
脇 明子 訳
はたこうしろう 絵
福音館書店
ある日曜日の朝はやく、いっぴきのハリネズミが、小さなドアをあけて、お天気はどうかなと顔を出しました。野原はエニシダの花ざかり。カウスリップが蜜のようにあまいつぼみをのぞかせていました。ハリネズミは腰に手をあてて、口笛でちょっとした歌を吹いてみました。どんな歌かですって?それはね、お天気のいい日曜日の朝に、ハリネズミが口笛で吹く歌としては、とくべつよくもないけど、そう悪くもないものでした。
さて、口笛を吹いていたら、ふっといい考えがうかびました。すぐに家のなかへもどらないで、おくさんが洗いものをしたり、こどもたちの身づくろいをしてやったりしているあいだに、となりの畑までちょいとさんぽをして、イラクサの芽ののびぐあいを見てくるというのはどうでしょう。あのイラクサのしげみには、以前、おいしい甲虫が住んでいました。イラクサがのびてくれないと、甲虫だって出てきてはくれません。
ハリネズミは、じぶんだけの細い細い小道をとおって、畑にはいっていきました。リンボクはもう花がおわって、みどりの葉っぱを広げはじめていましたが、そのしげみをぐるっとまわったところで、ハリネズミはノウサギにでくわしました。ノウサギもちょうど、じぶんのキャベツのぐあいを見に、朝はやく出てきたところでした。
ハリネズミは頭をさげて、ていねいに「おはようございます」といいました。でも、すべすべの毛皮を着たノウサギは、日曜日の朝日をあびてつやつや光っているじぶんを、ひとかどの紳士だと思っていたので、あいさつをされてもフンと鼻をならしただけでした。
「こりゃまた、どうしたんだい?」と、ノウサギはいいました。「あんたが朝っぱらから出歩いているとはね。あんたは、夜こそこそする連中の仲間だとばかり思ってたよ」
「ちょいと、さんぽをしようと思いまして」と、ハリネズミはいいました。
「さんぽだって!」と、ノウサギは鼻をならしました。「そのひんまがった短いのを、あんたは足と呼んでいるらしいが、そんな足にでももうちょいましな使い道がありそうだがね」
ハリネズミはむっとしました。たしかにハリネズミの足はまがっていますが、それは生まれつきであって、わざとそうしているではないのです。自分でもわかっていることに、はたからけちをつけられるなんで、とてもがまんできません。
ハリネズミは全身の針をさかだてて、こういいました。「どうやらだんなは、ご自分のその足のほうが、わたしのこの足よりも、ずっと役に立つと思っておいでのようですね。そっちも四本、こっちも四本ですがね」
「そりゃそうさ」と、ノウサギは得意げにいいました。
「だったら、いわせていただきますがね」ハリネズミは、ビーズのように黒い目で、じっとノウサギを見ながらいいました。
「それはあまい考えというものですよ。よーい、どん、でかけっこをしたら、勝つのはまちがいなくわたしのほうです。何回やったっておなじですよ」
「かけっこだって!ハリネズミのだんな」ノウサギは、ひげをピンとそりかえらせました。「頭がどうかしたんだじゃないかい?正気のさたとは思えんよ。あきれたね。しかし、まあ、やるとしたら、何を賭ける?」
「そっちがブランデーひとびんに対して、こっちはギニー金貨一枚でどうです」と、ハリネズミがいいました。
「よし!」と、ノウサギはいいました。「それで決まりだ。さあ、はじめようぜ」「まあまあ、あわてないで」と、ハリネズミはいいました。「わたしはまだ、朝めしがすんでないんですよ。三十分まってから、ここへきてくだされば、わたしもかならずまいります」
ノウサギはしょうちして、ちょいと準備運動でもしておくかと、朝露のおりた野原のふちを、元気よくはねまわりはじめました。
ハリネズミのほうは、しゅっしゅっと足をひきずりながら、家へかえっていきました。
「いやはや、自信まんまんといったところだな」と、ハリネズミは歩きながら考えました。「どうなるか、見てるがいいや」
家に帰りつくと、ハリネズミはせかせかとなかにはいり、真剣な目でおくさんを見つめて、こういいました。
「ねえ、おまえ、ちょっと手伝ってもらえないかね。いそぐんだ。何もかもほっといて、畑までいっしょにきてほしいんだよ」
「いったいなんのさわぎです?」と、おくさんがいいました。
「じつはな」と、ハリネズミのだんながいいました。「ノウサギのだんなと賭けをしてな、かけっこをしてこっちが勝てばブランデーをひとびんもらい、むこうが勝てばギニー金貨を一枚やるということになったんだよ。だから、見にきておくれ」
「まあ、おまえさんったら!」とハリネズミのおくさんはさけびました。「ばかだねえ!頭がおかしいんじゃないの?どうしたのよ?ノウサギとかけっこだなんて!ギニー金貨なんか、どこにあるっていうの?」「いいからだまってろ」とハリネズミのだんながいいました。「頭がまわらないやつには、わからないこともあるのよ。ぶつぶついったり、めかしこんだりはなしだ。ちびどもには、じぶんで身づくろいさせときゃいい。おまえはすぐにわたしとくるんだ」そしてふたりは、いっしょに出かけていきました。
…
☆この絵本はグリム童話がもとになっているお話しです。つまり西洋の昔話です。・W・デ・ラ・メアさんがユニークに再話したものですが、はたこうしろうさんの絵の愉快さがまたこのお話しにピッタリに感じます。また、この絵本は福音館書店のランドセルブックスシリーズの一冊で、小学生低学年くらいの子どもが、読んでもらっても、自分で読んでも楽しめる絵本として作られています。そのためか、脇明子さんの訳も登場人物(動物?)の個性がよく感じられる言葉遣いを意識しているようでお話しに感情移入がしやすいですね。
ハリネズミが歩く様をご存じでしょうか?ヨタヨタと頼りなくて、とても素早く動ける歩みではありません。その歩く様子が可愛くて笑ってしまうほどです。そんなハリネズミですから、ノウサギにかけっこで勝てるはずはないのにハリネズミのだんなは勝負を挑みます。もちろんその時点で勝機を見出しているからなのですが、さてさてこのあとどうなるのでしょう。
似たようなお話しに「うさぎとかめ」がありますね。日本古来の昔話ですが実は「うさぎとかめ」も室町時代くらいに西洋から伝わってきたのではと言われています。一般的に知られている「うさぎとかめ」では、かめは直向きにゴールを目指して歩みを止めないことでうさぎに勝ちます。そしてうさぎは油断をして昼寝をしてしまうことで負けてしまいます。
しかしこの絵本のハリネズミのだんなは「頭」を使うことで自分の能力を過信したノウサギに勝つことになります。どのように「頭」を使うのかは絵本を読んで笑ってください。
大人も子どもも、あははと笑って楽しく読める絵本です。弱者が強者に知恵や努力で勝つというのは読み手に爽快感を与えます。ずるい、卑怯だと思う人もまた読みとった思いの一つでいいのでしょう。はたさんの絵に癒されながら気楽に笑いながら読みたい一冊です。