クリスマスのまえのばん


クレメント・ムア 詩 / ターシャ・テューダー 絵
中村 妙子 訳

偕成社

 

クリスマスの前の晩、おとうさんが物音に気づいてベットから起き上がり、窓から外を見ると、8頭のトナカイが小さなソリを引っ張って遠い空からやって来るのが見えた。

トナカイのたずなを引いているのは・・「サンタだ!サンタがやってくる!」

どっさり荷物を積んだソリが屋根の上に降りたかと思うと、煙突からドシンとススだらけのサンタが落ちてきた。

サンタは背中の袋から次々におもちゃを出して並べ始めた。

そのサンタ、いたずらっぽく目が光り、バラ色の頬にえくぼが2つ、鼻はぷっくりサンランボのよう、わらうたんびにぷるんぷるんつきでたおなかがよく動く。

ほんとにゆかいなこびとのおじいさん。

おとうさんは思わずクスクス笑い出した。

サンタはひとつひとつの靴下にプレゼントを入れるとあっという間に煙突から屋根へ。

ヒラリとソリに飛び乗るとソリは夜空を遠ざかる。

だんだん小さくなっていくソリを見送るとうさんは、サンタの声をきいたんだ。

「みなさん クリスマスおめでとう!」


☆1822年のクリスマス、クレメント・ムアは自分の子どもたちのためにこの詩を作ってきかせました。ムアは大学の先生で、むずかしい専門(神学)の本を何冊も書き、ヘブライ語の辞典の編纂もした人ですが、自身が体験してきた子ども時代のクリスマスのワクワクするような思いを、その躍動感と喜びの旋律のなかで子どもたちに伝え、また一緒に喜びを分かち合いたかったのでしょう。
また、この世のなかで一番大切なことを父として子どもに伝えたかったのだと思います。希望と喜びの象徴でもあるサンタクロースは見えないけれど必ずいると信じることによってのみ光として存在します。
そして幼い時にそれを信じることができた人は人生を通して希望と幸福を身につけることができます。
幼い時に「サンタを見たよ」、「サンタと会ったよ」、という父親の話は、子どもたちにとっては絶対的な真実として、見えないものを信じるに足るものとなったことでしょう。
父親ムアから子どもたちへの「幸せな生き方」のプレゼントだったともいえると思います。200年近くたった今では、この詩がアメリカ中の子どもたちの愛誦の詩として広く親しまれているということですが、世界や時代が変わっても、変わらないもの、変えてはならないものは人々の心に生き続けて繋がっているのではないかと思います。
 このムアの物語詩は80年後の1902年に「オズの魔法使い」の挿絵で知られたフィリアム・W・デンスロウが、姪のために絵をつけて絵本に仕立てあげました。
その絵本は1996年に福音館書店から、渡辺茂男さんの訳で出版されています。
そこではサンタはセントニコラスとなっています。
絵は時代を超えてとてもモダンで美しく、子供たちの想像力をふくらませてくれること請け合いの絵本となっています。
さて、話を今回の絵本に戻しますと、この絵本は1975年にターシャ・テューダーが絵をつけました。
ターシャ・テューダーと言えばアメリカの画家として最も親しまれ、毎年アドベントカレンダーには彼女の絵が多く選ばれています。余談ですがホワイトハウスのアドベントカレンダーも彼女の絵だそうです。
先年亡くなりましたが彼女の絵本や独特の生き方、生活の有り様は日本でもたくさん紹介されています。この絵本の中にも、ターシャのお家の中や愛犬なども描かれており、細部にわたってこの詩を自分のものとして表現しているかが感じられ、絵をみているだけで彼女がどんなにかムアの詩がお気に入りだったかが分かります。
そして、その絵本が1980年に中村妙子さんの訳で日本で出版されました。
中村妙子さんの文は、原文を越えて詩的であり、ことばの一文字一文字に意味があります。美しい流れるような旋律は読む者に楽しいリズムを創造させ、まるでムアの息遣いが伝わってくるように生き生きしく響きます。
両方の「クリスマスのまえのばん」を読んで、やはり古典とよばれるものにはそれだけのインパクトがあるんだということを実感いたしました。
その時代に最も活躍した画家が絵をつけ、秀でた訳者が訳したムアの物語詩。
時代を超えてたくさんの人々の子ども時代を豊かに支えてきたこの物語詩と絵本の重み。

私も子どもたちに、この美しい旋律を損なうことなく生き生きと読んで、その心を伝えていきたいなと思っています。

2020年09月01日