むかしむかしとらとねこは…


大島英太郎 文・絵

福音館書店

 

昔むかし トラとネコは山の中で暮らしていました。

トラは今と違ってとてものろまで狩りもうまくありませんでした。

一方ネコはとてもすばしこくて獲物を捕まえるのがとても上手でした。

そこでトラはネコに、「上手に獲物を捕る方法を教えてくれないか」とたのみました。

ネコはなかなか承知しませんでしたが、あまり熱心にトラが頼むので教えてやることにしました。

まず「上手に獲物に近づく方法」を教えました。

次に「速く走る方法」を教えました。

最後に「高いところから飛び降りる方法」を教えました。

どれもトラにはむずかしい技でしたが、ネコがとても上手に教えてくれましたし、一生懸命練習をしたので、トラは見違えるように上手にえものを捕れるようになりました。

「これでわたしの知っている技は全部教えました。最後までよくがんばりましたね」とネコがいうと、トラは「もうひとつだけ知りたいことがある。一体ネコというものがどんな味がするのかってね!」といって襲いかかってきたのです。

ネコはびっくりして大慌てで逃げました。トラが追いかけます。

あわやという時、ネコはとっさに近くにあった1本の木にとびつきました。

ネコは高い木の上からトラを見下ろしてこういいました。

「ひとつだけあなたに教えなかったことがありました。高い木に上る方法をね。」

そんなわけでトラは今でも木に上れないし、ネコはトラを恐れて人間の家に住むようになったんですって。


* 絵本の醍醐味がすべて揃っているようなおはなしです。

画面いっぱいのしっかりとしたダイナミックナな構図、トラとネコの体の動きや表情のリアリティ、それに繰り返しが多用されたスピード感にみちたお話の展開。

そして最後のどんでん返しとスリル。

中国の昔話から題材をとられたとのことですが、動物の実態の観察眼の確かさとユーモラスな想像性のある展開は子どもだけでなく大人をもおはなしのおもしろさに引き込んでいきます。

確かにトラは木に上れないな、それにはこんなことがあったのかなどと妙に納得してしまったりして。

それはそうと、大人同士でこの絵本の話になった時、ある人が「この話はどうもすっきりしないな。」と冗談交じりに言い出したのです。

「だってこんなに恩義のあるネコに対してお礼を言うどころか、おまえを食っちまうなんて、そんな反道徳的なことがまかり通っていいのか。」ということでした。

確かに昔話のなかには、すっきりと合点がいかないお話がたくさんあります。

例えば「うさぎと亀」の話。

どうして亀は眠っているうさぎを起こしてやらなかったのか。

例えば「アリとキリギリス」

何故アリはキリギリスを家に入れて食べさせてやらなかったのか。

「3びきのこぶた」

あれほどオオカミを馬鹿にして最後は煮て食っちまう、などという豚がいるのか。
などなど。

でもだからこそ、おはなしっておもしろい。

理屈や論理の整合性だけのおはなしなんておもしろくないですものね。

おはなしの生まれた背景、時空を超えて人々の心のなかにある普遍的な何かに共感するものをもっているのが昔話なのかもしれません。

2020年10月20日